好奇心旺盛だから、内容は支離滅裂。

by covaemon

そこからカメラを動かしてはいけない。

アンリ・カルティエ・ブレッソン。好きな写真家の一人である。
写真展が開催されると必ず見に行くようにしている数少ない写真家の一人でもある。
今、天保山のサントリーミュージアムで開催されているブレッソンの写真展は、大阪芸術大学が所蔵しているもので、400点以上もの数になる。

何度も本や展覧会で見ている写真なのであるが、今回は久しぶりだったでの、見だしてしばらくすると、息がつまりそうな感覚になってきた。新たに感じたことなのだが、彼の写真にはスキがないのだ。
決定的瞬間とよく言われるが、もちろん、その瞬間的な感じはもちろんなのだが、その写真のすべてにスキがない。

つまり、構図が完璧なのである。展示されていた写真のほとんどがノントリミング。35mmのサイズをそのまま拡大したものだ。

上下左右どの方向に1ミリたりとも動かしてもそのバランスは崩れてしまう。あの時代のカメラでどうしてそんな完璧な構図をあの瞬間に決めることが出来たのだろうか。やぱり、達人というか、うまいとしかいいようがない。

見ていて、全くリラックスできないので、途中でiPodで「ヨハン・シュトラウス」を聞きながら、見ることにした。なんとか、無事最後まで見ることが出来たのだが、ほんとに疲れた。

いままで、そんなに写真を見て疲れたなどという感覚はそんなにない。
このブレッソンの完璧な構図は、「土門拳」の「筑豊のこどもたち」などにも通じるものがある。
あの構図も完璧だ。ものすごい緊張感がある。やはり1ミリたりとも動かす余裕はない。彼の構えた場所が完璧なのだ。ただ、彼の場合は、ものずごく焼きにくかったネガであったらしいが。

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ぼくはほとんど写真集という物を持っていないのであるが、このブレッソンの写真集は20年以上前に出版された物だが、出てすぐに手に入れた。ブレッソンという写真家を知ったのと、この写真集が出たのが同じぐらいの時だったのでちょうどよかった。

この有名な写真といっしょに写っているカメラがライカである。ぼくは生意気にもライカをもっているのである。ブレッソンもこのようなカメラで撮影をしていたのだ。
もっとも、彼と同じカメラを持っていても同じ写真を撮れないことは自分が一番よく知っているのである。
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by covaemon | 2006-04-10 11:05 | 写真