好奇心旺盛だから、内容は支離滅裂。

by covaemon

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天然酵母のパン

空堀のあ~んと

ここのパン固いです。
でも、お店の人は堅苦しくはありません。
コーヒーも飲めるし、ビールやワインもあります。
昼からでもアルコールOKらしいです。
天然酵母だから体にいいらしいです。

もちろん、毎日出来たてのパンです。
その日はそのままで食べれますが、次の日になると硬いのです。ぼくの歯では食べれません。電子レンジでチンです。
でも、おいしいです。
ワインにぴったり。

楽童茶論あ~んと
http://www2.odn.ne.jp/gakudo-pain/sub/aunt.html
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by covaemon | 2006-05-31 11:10 | ひとりごと | Trackback | Comments(1)
2人の絵、並べて展示を 伊画家の弁護士が提案

並べて展示などしなくてもわかりそうなものと思えるのであるが。
ただ、両方の画家も自分の主張を繰り返しているだけなので、これからどうなるかではあるな。
イタリア人画家が日本人画家が盗作したと主張しているが、なにぶんイタリア人の事なので、100%信用するってのもどうだか。

しかしだ、もうすでに、日本人画家の負けが決まってしまっているのだ。日本人画家は、「構図は似ているかもしれないが、絵の具や、塗り方などが違うので、見てもらえればオリジナル作品ということが理解できるはず」と言っている。なんやねんそれ。

もしも、モナリザをそっくりそのまま、鉛筆で描いて、これはオリジナルですと言っても通じないわな。
絵の具や塗り方なんて単なる手法であるわな。
問題は絵の中身。あれだけ同じような構図の絵が何も無いところから生まれるものなのであろうかと思うのであるな。

写真撮影会などでは、一人のモデルを一度に沢山の人が撮影するので、同じような写真が出来るときがある。しかし、絵の場合もそういうことってあるのであろうか。
画家って同じものを描いてもみんな違うものになってしまうと思っていたのであるが。

さきほど、日本人画家の負けが決まっていると言ったが、もしこの問題で日本人とイタリア人の立場が逆であったなら、イタリア人は「日本人が盗作をした」と主張するであろうな。
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by covaemon | 2006-05-31 09:35 | アート | Trackback | Comments(6)

「国家の品格」って何?

b0057987_1511202.jpg結構話題になってますねこの本。一度読んでみようかなと思ったのです。が、どうしても国家という言葉と品格と言う言葉が結びつかないんですよね。だから読めばいいのじゃと言われそうではありますが。

かなり売れてるみたいなので、この著者の方がときどきメディアに登場するってこともあります。何度かテレビで見たのですが、やっぱり読む気はなくなりました。

どこからどう見てもこの著者には品格が感じられない。この人が品格なんて言葉を使うなんて許されないと感じてしまいました。
なら、お前には品格があるのかと言われそうですが、ぼくは自分で品格なんて言葉を使うことはないのです。自分に品格があるかどうかは他人が判断することです。
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by covaemon | 2006-05-29 15:17 | 書き物 | Trackback | Comments(4)

逆光は楽し。

ちょっと前のデジカメは逆光には弱かったのですが、以前にUPした鉄塔の写真でもわかるように、現在では全くなんの心配もしなくても逆光でも写真が撮れます。
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by covaemon | 2006-05-28 23:10 | 写真 | Trackback | Comments(7)

草間弸生のTシャツ

ユニクロの新聞折り込み広告を見ていると、草間弸生の名前の入ったTシャツが売られているというのを発見したのです。多分本人はデザインはしてはいないでしょうけど、面白いので買ってみました。

草間弸生は自分で自分のことを「前衛芸術家」と言っています。以前ぼくは、「自分で芸術家なんていうやつにほんとの芸術家はいない」なんていいましたが、この人は「前衛芸術家」と言い切っています。すごいことだとおもいますね。

前衛ということは、今までになかった全くのオリジナルなものを常に造り出していかなければならないのです。本来、芸術というものは、そういう、ものであったはずなんですが、いつのまにか、自己満足の芸術とよばれるものが溢れるようになってしまったのですね。

だから、草間弸生は自分で自分のことを「前衛芸術家」と言ってるのだと思いますね。自己満足だけじゃなくて、社会にインパクトがあるなにか訴えるようなものを造り出しているのはすごいと思います。

ちなみこの人は1929年生まれなんですね。なんともう70の半ばをすぎているのです。まだまだパワーは続くのでしょうね。そういえば、1929年だとうちの母親と同じ歳ということになる。うーん、うちの母親のパワーもまだまだ続きそうです。ああ。
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by covaemon | 2006-05-28 09:30 | アート | Trackback | Comments(2)
iPotではありません。iPodです。appleの。
2001年に初代を購入してから外出するときには必須のものになっいる。
もちろん、音楽は大好きだから、いつでも好きなのを聞いていたいというのが一番の理由。

それと、聞きたくない音が世の中に氾濫していると言うこと。
たとえば、毎朝の出勤の時、駅のホームでのアナウンス。毎日同じ時間だから、言ってることは同じ事ばっかり。言わなければいけないのであろうが、聞いているのも同じような人ばっかり。なのに、声をからすようにして、がなりたてている。まだ、7時すぎだというのに。

車内でもそう。どこに止まるかなんてわかっているし、何時ごろ着くかなんて事も知っている。事故で遅れるなんてことがなければ。おまけに、JRはむかつくような客をばかにしたようなアナウンスしかしない。

アナウンスだけではない。まったく恥ずかしくないのか、でっかい声でしゃべりまくっているやつらとか、携帯でメールを打ってるのであろうと思うのだが、キーを打つたびに音がでるように設定しているやつ。全く理解できない。

昼休み飯食いに行っても、でっかい声でしゃべっているやつらとか、うるさい子供とか、それにこれが一番いやなのだが、店員のマニュアルどおりの対応。それも、元気よくしろと言われているのであろう、でかすぎる声。そして場違いなBGM。

牛丼屋などで食べてすぐ出てくるようなところならまだいいのだが、カフェなどでゆっくり本を読もうなどと考えているのならばiPodはどうしても必要なのだ。
ぼくは、電車の中でもカフェでも本を読むときはなんらかの音楽を聞いている。音楽を聞きながらで本の内容が理解できるのかと思われるかもしれないけど、自分に心地よい音楽はまるで気にならないのだ。というより、音楽がなければ、まわりが気になって本の内容が理解できない。

ちなみに本を読むときは、ROCKがいい。それも日本語でないもの。そしてROCKも単純なものの方がいい。ドンとはじまって、アアー、とかギャーとか、イエー、とか、そして最後はジャーーーンって終わるシンプルな王道のROCK。そんなののほうが、音楽を無視できて本に集中できるのだ。

聞きたくない音と言えば、もひとつある。それは、車のクラクションの音。
特に、日本車。もう最悪。クラクション自体が悪いわけではない。問題はその音質。
なぜに、あのように聞くだけで、人間がむかつくような気持ちになれるような音質を造りだせるのであろうかと思えるほど極めて残虐的な音質である。

それに比べてヨーロッパ車はまだいい音質のものがある。
だから、自分の車にはクラクションを付け変えたりしていた。BOSCHとかFIAMとかに。BOSCHはメルセデスの音だし、FIAMはフェラーリだ。だから、気分だけヨーロッパ車だったのだ。でも、ゴルフに乗ってるときはさすがに付け変えはしなかった。その必要がなかったのだ。

だから、iPodを発明したappleはえらい!ってことにしておくのだ。
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by covaemon | 2006-05-26 14:58 | コンピュータ | Trackback | Comments(5)

知らなかった。

エキサイトのブログって

こんなこと

こんなこと

こんなこと

こんなこと

できるなんて、今まで知りませんでした。
よく考えれば書く欄の上にそれ用のボタンが並んでいたのですが、まったく目には入ってきていなかったのです。
このようなことをするのにはいちいちタグを打ち込まないといけないと思っていたのです。
ああ、あほなやつなのだ。
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by covaemon | 2006-05-26 10:52 | ひとりごと | Trackback | Comments(3)
職場のWINマシン。メモリが2GBあるので、仮想メモリを使わなくてもいいのではないかと思ったのです。だから、設定を変えたのです。
そしたら、心なしか、firefoxもきびきび動いているように感じました。
でも、えらいところに、落とし穴があったのです。

Adobe Photoshopが動かない!

ええそうなんです。確かにPhotoshopは仮想メモリを使います。しかし、MACOS9の場合、仮想メモリをオフにしていても、Photoshopが勝手に仮想メモリを割り当てて起動します。

しかし、WINの場合は、OSで、仮想メモリをオフにして、Photoshopをたちあげようとするとこんなアラートがでてきます。
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ええ、って感じですよね。
MACOSXでも仮想メモリは常にオンなのですが、WINXPでも、常にオンにしておかないとならないようです。ただ、Photoshopを使わないのであれば、実メモリを大量に搭載しているんであればオフでもいいかもしれないですね。
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by covaemon | 2006-05-25 13:11 | コンピュータ | Trackback | Comments(0)

PENTAXも手振れ補正機構

PENTAXから新しいデジタル一眼レフが登場するようだ。
いちお、ぼくもPENTAXユーザーなので、チェックはしている。

ボディはぼくの持っているDLとほとんど変らないように見える。細部はいろいろとちがうらしいのではあるが。CCDも変らない。だから写りとしてはおなじようなものであろう。

手振れ補正はCCDで行うので、今までのレンズが使える。これは、いい。
それに、レンズに手振れ補正を入れると、レンズ自体が重くなるし、価格も上がる。ボディ側で行うのはこれからの主流となるであろう。

そして、これが大事な事なのだが、RAWデータ現像ソフトにSILKYPIXエンジンが採用されるようだ。ぼくのDLについてきた現像ソフトはPENTAX独自のものであると思われるのだが、これは全くもって使い物にならないものなのである。とにかく、画質が汚い。むらむらなのだ。

だから、SILKYPIXを使って入る。データを現像してみると、全く仕上がりが違う。色とかそういう問題ではない。明らかにPENTAX独自のソフトでは画質が低下している。だから、SILKYPIXを使うまではずっとJPEGだけで撮影していた。もっとも、そのSILKYPIXもフリーでしか使ってはいないのではあるが。

ともかく、秋口には、1,000万画素のCCDを搭載したデジタル一眼がでる。それに期待だ。
それに、思ったよりPENTAXのレンズっていいのである。
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by covaemon | 2006-05-24 13:10 | 写真 | Trackback | Comments(0)
このごろ、戸塚ヨットスクールの校長である人の顔をテレビでよく見る。
刑期を終えて出所して来たようだ。

戸塚ヨットスクールって
まだやってたの?と
そんなところに子供をあずける親がまだいるのか。
とも思った。

そして、なぜに、こんなにテレビに出ているのか。出るほうも出るほうだが、出すほうも出すほうだと思う。(見ているほうも見ているほうであるが)
相変わらず、「体罰は教育である」と言っている。
その言葉自体はぼくぐらいの年齢のものであれば、理解できないでもない。

しかし、人が死んでしまうような行いが体罰なのだろうか。
体罰と暴力は違う。

この校長は「私は教育者だ」と言っている。だいたい、「オレは芸術家だ」とまじめに言っているやつにほんとの芸術家がいないのと同じように、教育者だと言っているものがほんとの教育者だとは到底思えない。

ぼくが、高校生ぐらいになってから、「体罰は絶対禁止」と世間で言われるようになってきた。
この体罰ってなんなんであろうか。

体罰と暴力は違うと書いたが、確かに、親や教師に殴られたことはある。
しかし、殴られるときは殴られるようなことをしたときなのだ。
そして、殴られるようなことをしている時というのは楽しかったときなのだ。
だから、その楽しかったときをすごしているとき友達同士で「こんなことやってたら殴られるやんなあ」なんて言っていた。

しかし、みつからなければめっけもんなのである。で、見つかって殴られても1発か2発だ。それだけで終わってしまう。殴る方だって「ばれんようにやらんかい」って顔の表情jには出ているのだ。だから、ばれないように、次はどうすればいいかを考えたりするのである。

しかし、殴る事は絶対に禁止となってきた。しかし、なんらかの方法で罰を与えなければいけない。だから、グランド10周とか、正座1時間とかとをやらされるようになってきた。でお、それも「体罰」ってことで、できなくなってきたのだ。

ぼくは、殴られたことは体罰とは思わなかった。殴る事は殴る事なのだ。

話はかなり支離滅裂だけど、よくテレビに出ているこの校長は「刑期を終えて出所」してきたのだから、もう罰は受けたのだということだ。
たしかにそうであろう。
でも、人を死なせてしまったということについては、一生心にとどめておかなければならないとも言っているが、そこのところが、ほとんど棒読みのようでなんだかうそ臭く聞こえてくるのだ。

そして、今の教育制度ではろくなやつが出来ないから小学校をやりたいなんて言っている。もうこの人の頭の構造はまったくもって理解できない。

そんなに自分の信じる教育をやりたいのであればいっそのことどこかの無人島でも買い取って「戸塚共和国」でも作ってそこで理想的な子供を教育すればいいのではないだろうか。
この日本では教育というものにはたずさわってほしくない。
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by covaemon | 2006-05-22 09:38 | ひとりごと | Trackback | Comments(2)