好奇心旺盛だから、内容は支離滅裂。

by covaemon

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ただ、疑問に思ったのです。
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by covaemon | 2006-02-28 20:26 | ひとりごと | Trackback | Comments(4)
行ったきりではなく、無地に戻っては来ました。
大阪に四天王寺っていう聖徳太子が建てた寺院があります。そこに「極楽浄土の庭」っていう庭園があるのです。
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極楽へは誰でも行く事が出来ます。

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極楽だからなんでもあり。

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極楽は常に俗界から見下ろされている。

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極楽へは300円で行けるのです。

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うららかに亀さんも日向ボッコ。まさに極楽気分。

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もちろん、四天王寺はちゃんとしたお寺。

最後の2枚は庭の写真ではありません。
小さな庭でしたけど、暖かな日差しの中でのんびりした時間をすごしました。土曜日なのに人がほとんどいなかったのです。
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by covaemon | 2006-02-26 22:33 | 写真 | Trackback | Comments(3)
各局とも必死にオリンピック中継をやってますね。
それも日本選手ばっかりを。いえいえ日本選手を見たくないのではありません。もちろん、自国の選手なのだから応援しないわけがありません。なんとかがんばってもらいたいです。別にメダルにはこだわりませんが。

しかしです。あまりにも日本選手ばっかりではないでしょうか。オリンピックってやっぱり一番すごい競技がみれるわけでしょ。それなら、1,2,3位の人たちを見たいじゃないですか。もちろん、生中継では見れるでしょう。でも、いつもいつも生中継を見れるわけではありません。時差の関係もあるし。

今日は、NHKで、日本人選手中心の特集をやってました。そんなのもいいでしょうけど、世界一の素晴らしい競技や演技も見たいわけです。それにお涙ちょうだいはもうやめてほしい。

冬のオリンピックは夏に比べて採点競技が多いですよね。ぼくはこの採点競技があまり好きではない。どうも競争という気がしない。やっぱりタイムを競うとか多く得点をいれるとか単純だけど誰にでもわかりやすい結果が出る競技のほうが好きである。

とわいえ、オリンピックである。出る人たちはこのオリンピックに出る為にどれだけ苦しい練習や節制をしていることだろうか。ぼくは無条件にオリンピックに出た人は尊敬する事にしている。

4年に一度しかないのだ。そのタイミングに自分を最高のコンディションにもっていくなんてことはほとんど奇跡に近い。ましてや何度も出ている人はもう人間業ではないであろう。

だから、採点競技であってもものすごい体力が必要だし、緊張をしいられることは理解しているつもりだ。しかし、採点競技の場合、ほんとに客観的に採点が出来るのであろうか。

コンピュータが無機的に得点をつけるわけではない。みんなその国を代表している人が得点をつけるのである。主観が入らないと絶対に言えるか。客観的に見ていてもその選手はどこの国の選手だという情報は見ているわけだ。

だから、オリンピックは別物だという意見がある。オリンピックだけはどうしても勝ちたい。勝つ為になにをするか。もちろん、自分を最高のコンディションに持っていく事は必要だが、採点者のくせも把握しておく必要があるのではないだろうか。

よく日本選手は「自分のプレイがしたい」「自分の演技をしたい」と言うけど、それで高い得点が出ればいい。しかし、高得点が出る傾向とか、そのときの採点者の好みとか傾向を把握しておく必要はないのだろうか。また、JOCはそのようなことを考えているのであろうか。

毎年行われる世界選手権やワールドカップはオリンピックとはまるで違うのだ。オリンピックの時はどの国も勝つ為に死にものぐるいに何でもしてくる。もちろん、ドーピングや買収なんてことは許されないだろうが、採点競技の場合は自分だけが納得してもどうしようもないことがあるということを考えなければ行けないのではないだろうか。

タイムや得点を競うのとは全く違う競技であるともっとシビアに認識しなければならないのではないだろうか。
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by covaemon | 2006-02-20 21:52 | スポーツ | Trackback(2) | Comments(3)
「長い長い殺人」をよむ。もちろん、宮部みゆきの作品である。素直におもしろい。
財布が進行役をやっている。今までこんなのに接したことがなかったので、新鮮に感じた。ぼくとしては犬が進行役をやるよりはいいと思った。

でも、純粋な推理小説好きの人には評価は低いようだ。財布がしゃべるおもしろさに惹かれてしまって本来の犯人探しやトリックに入って行きにくいのだろうか。

ぼくはどちらかというと宮部みゆきの小説にはミステリーとしての内容よりも、話の持って行き方や文章表現が好きなので、こういう今までにないもののほうが素直に入っていける。

でもまあ、財布に人格(財布格?)があればおもしろいのである。そして、男性用、女性用として作られたときに性別も備わっているのだからなんともなのだ。

財布という物はあんまり自分で買うということはないものである。ぼくはそうなのだ。貰う方が多い。だから好きなように使える。自分でもし買って、その買った物がかなり高価な物であれば、今現在のぼくの財布のように、現金3000円とTUTAYAとソフマップのポイントカード、そして整骨院の診察券しか入ってないような状態なら悲しくなってくるのだ。(もっともどんな財布であろうとこの状態は悲しいのではあるが)

そして、貰った物だから捨てられない。ぼくはあまりものには執着しないのだが、貰った物を捨てるということはなかなかできないのだ。自分で買った物であれば、カメラやギターなども買ったり売ったりをくりかえしている。

捨てられないのだからかなりの財布が机の引き出しには残っているのだ。もしそいつらが会話をしていればおもしろいだろう。「おれの持ち主はほんとに貧乏だなあ」なんて財布同士で言ってるかもしれない。「でも身軽で動きやすいや」「でも一度ぐらいは財産ってものを預かってみたいねえ」なんて言われていたりして。
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by covaemon | 2006-02-18 13:42 | 書き物 | Trackback | Comments(2)

ほんまかいなー。

<アダルトビデオ>免許更新講習で誤放映 福岡県警の試験場

いやはや、なんとも情けないお話ではありますが、じゅーーぶん、笑えます。
その場にいた人たちはどんな反応をしたんでしょうね。

免許更新のときに見せられるビデオなんて全く、くだらなくて、面白くもなんともないからね。ただ、AVって集団で見るものでもないし。

たまにはこんなニュースもいいんじゃないですか。
でもこれって犯罪になるのかな?
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by covaemon | 2006-02-17 13:57 | ひとりごと | Trackback | Comments(2)
約1年ほど前のことであるが、職場でiTunesのラジオで曲をかけていたのである。そしたら、パートで来ている女性が(以下、オババンと称す)がこう言ったのだ。

「そんなん、耳ざわりで、なんか音が鳴ってるだけで、全然音楽と思われへん」

と。そして

「ここで聴いてみ」

と。それはそれはゾンビが墓から這い出てくるよりも怖い顔をぼくに向けて言ったのだ。
で、そこで聴いてみた。

全く耳ざわりではない音楽としてのヘビメタが聞こえていた。
もちろん、仕事中なのだから、大音量で流すわけはない。すこし離れれば聞こえないような音量だったのだが、そのオバハンは比較的ぼくの近くにいたのだ。
ぼくはどう反応していいのかわからなかった。
だからすぐに音を消した。
クラシックでも流してやろうかとも思ったのだが、そんなオバハンに音楽を聴かせてもしょうがないと思った。

オバハンはこうも言った。

「わたしも音楽は好きやで。好きやけどそれはちょっと」

ぼくは叫んだ。
「お前に聞かせる音楽は無い」
もちろん、心の中でだ。
もっとも誰でも好き嫌いはある。ぼくも好きな音楽より嫌いなもののほうが多いかもしれない。だから聴くジャンルも閉鎖的かもしれない。

だから、自分が嫌いなら嫌いと言えばいいのだ。
「そういうのあんまり好きじゃない」と言ってくれればぼくも
「そしたらどんなのだったらいいの」ときいたであろう。

今ではそのオバハンがいるときは全く音楽は流していない。パートなので午後3時に帰るのでそれ以降に「大ロック大会」をはじめることにした。

それ以降オバハンとは口をきいていない。
とりあえず、挨拶はするが、ほぼ会話をしていない。以前は年も近いので雑談もしていたのだが、今では、全くしゃべらない。そんな状況だからオバハンからも話しかけてこない。それでいいのだ。

幸い、違うセクションの仕事をしているのでしゃべる必要もないしちょうどいいのだ。
しかし、もしそのオバハンが男であったら、ぼくはどんな行動に出ていたか。考えるだけでも怖くなってくる。たぶん今の会社にはいてないだろうな。
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by covaemon | 2006-02-13 11:41 | ひとりごと | Trackback | Comments(0)

最近の若い者は

20代中ごろとおぼしき女性二人が通路を挟んで斜め向かいに座った。店員が「お飲み物は」と尋ねたので、「生中2つ」。ぼくは思った。「そうだ、お好み焼きにはビールが最高や」

この話は大阪のあるお好み焼き屋さんでのことである。
すぐに生中2つは持ってこられて二人は注文をしだしたのだ。「豚玉」そうだお好み焼きには豚玉が一番なのだ。

一人は「豚モダン」にしたようだ。そうだ、モダンもいい。お腹がふくれる。
で、そこからである。「おもち入れて」ときた。ぼくは「なにー」と叫んだ。心の中で。
もう一人は「そしたらあたしはチーズ」だと。「なんだとー」ほんとに叫んだ。やっぱり心の中で。

ああ、大阪はもうおしまいなのだ。主食であるお好み焼きにもちだのチーズだのそんな邪道なものを入れて食するなんてことはこの夜の終わりに等しい。
ちなみにぼくは絶対に「豚玉」しか注文いたしません。もちろんモダンはその時の気分で食するときがありますが。

でだ、物が来るまでその女性達はもちろんビールを飲んでいたのであるが、そこでタバコを吸い出した。いえいえ、別にタバコを吸うなとは言いません。ただ、飯を食う前にタバコを吸うとはなんたることか。と言いたいのです。食物の味が変わるだろが。まあ、タバコを吸う人たちってのはほんとの味覚はないから仕方ないか。

そうこうしていると、お好み焼きがでてきた。出てきたと言ってもまだ食べれない。大阪では自分で作らなければならないのだ。大阪人が100人いたら100通りの、1000人いたら1000通りのお好み焼きの作り方が存在する。

その二人もこねこねしながら鉄板に生地をのせて焼きだした。そうなるとしばらくはする事がない。また、タバコだ。ああ、なげかわしい。ただ、彼女達の真上に換気扇があったのでこちらに煙とにおいが来なかったのが幸いであった。

そして、ぼくはその後おぞましい光景を目にする事になる。

それは、二人揃って、「靴を脱いだ」のだ。

もちろん、そこは座敷ではありません。掘りごたつに入っているわけでもありません。普通のテーブル席です。彼女達いわく「やっぱり靴脱ぐと落ち着くよねー」と。

信じられない。ぼくは思わず「お前らなに考えとんじゃー」とほんとに叫んだ。ほんとに心の中で。だから大阪人は下品だとか言われるのである。もちろん、大阪人は本音で生きてるからカッコつける必要なんかないのであるが、無意味に靴を脱ぐなんてのはどうしても理解できないのである。

もし、イタメシ屋やフランス料理店なら絶対に彼女達も靴なんか脱がなかったであろう。気楽なお好み焼き屋だったのでそんな気分になったのであろうが、でもなあ、やっぱりぶさいくだとおもうのである。

とわいえ、ぼくはその時ビールをまだすこししか飲んでいたなかったのでそんなことを思ったのだが、もし、へべれけになるほど飲んでいたなら靴どころか服まで脱いでいたかもしれないので、あんまり人の事は言えないのかもしれない。

しかし、ぼくってつくづく暇なやつなのだ。
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by covaemon | 2006-02-09 11:24 | ひとりごと | Trackback | Comments(13)

我は宮部みゆき中毒なり

いやはや、何とも困ったものである。
こんとこずっと、本を読んでいるのだ。それも宮部みゆきばっかり。
完全にはまってしまっている状態なのである。

下の写真を見ていただこう。
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左側の高い山が読み終わったものだ。だいたい2ヶ月ぐらいでこれだけ読んだ事になる。読書家の人から見ればどってことない分量なのであろうが、ぼくにとってはこれは数年分に匹敵するのだ。

それに、これだけ一人の作家ばっかりを続けて読むというのもかなり久しぶりの事なのである。20代の前半に「片岡義男」はまっていたことがあって、本棚に赤い背表紙が並んだ事があった。20代後半には「幻魔大戦」ばっかりを読んでいて、そのときは緑の背表紙でうめ尽くされていた。それ以降、これといった作家をつづけて読むという事はなかったのだ。

で、何をもって中毒かと言うとだ。写真の右側の山はまだ読んでいないもの。上にあるカバーがかかっているのは現在読んでいるものであるが、その下のものはこれから読もうと買ってきているものである。つまり、読む本がなくなるのが耐えられないのだ。一日たりとも空白ができると禁断症状が出てしまう。

まさに、チェーンスモーカーならぬ、「チェーン宮部みゆき」なのだ。アル中に引っ掛けると「みや中」か。ひょっとして病気かも。

何冊か短編集を読んだのだが、長編と違って短編はブリューゲルの絵のような感じだ。ひどい話であってもどこかすくいがある。そんなところがいい感じだ。

長編はというと、短編は話は完結している。しかし、長編は完結していない。それ以降は読者が自由に話を作れる。そんな感じがする。

ま、どちらにしてもこれからも飽きるまで読み続けるのだろうな。飽きるかどうかわからないけど。
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by covaemon | 2006-02-05 23:18 | 書き物 | Trackback | Comments(7)
ぼくが初めてMACを触ったのはどこかの店だったと思いますが、そのときはこれがなんだか全く解らなかったですね。MACを知らなかったしほんとにコンピュータかどうかも理解できなかったのです。たぶん、MAC Plusかなんかだったと思いますが、小さなモノクロ画面で、なんだか日本語を理解していない、機械でした。

マウスが繋がっていて画面の上の英語の部分をクリックするとなにやら垂れ下がってくる。でもどういうふうに使うのか全くわからない。そのときは、「なんじゃ、これ」としか思わなかったようです。その後MACには全く興味を持たなかったですからね。

へんこな、covaemonですが、最初に購入したコンピュータは日本標準マシンであった「NECPCー9801」自分ではプログラムが出来るわけではないし、作る気もないので、これじゃないと、教えてくれる人もいないし、憶えようとしても全く情報が入ってこないような状況だったのです。

コンピュータがほしいと思ったのは「パソコン通信」をしたかったからなのです。今ではパソコン通信と言っても「何、それ」って人が増えてます。ブログからリンクさせてもらっている、琥珀亭さんや、うろぼろす堂写真館さんはパソコン通信で知り合ってもう約20年ほどのつきあいになりますね。

で、そのパソコン通信で知り合った人の中にMACを使っておられる人がいたのです。その人の話を聞いててどこか引っかかったんでしょうね。日本橋を歩いていて知らないうちに「SE30」を買っていました。

考えてみると、PC9801はカラーだったのに、モノクロになってしまったし、画面も13インチから9インチに小さくなった。なのに、値段はものすごく高い。回りからは、あほやー、って声と羨ましいって声が半々ぐらいでしたね。

その当時は、HDは内蔵してはいましたが、システムはまだフロッピーでの供給でした。家にやってきた日に最初に行ったことは、フロッピーのバックアップ。なんと、一度もキーボードを使うことなく何枚ものコピーがマウス操作だけで出来てしまったのです。

これにはかなりのショックを受けてしまいました。それからは毎日マニュアルをにらめっこ。また数冊発行されていたMAC専門誌を買いあさって自分なりに憶えていったんですよね。まわりにはあんまり詳しい人がいなかったのです。

そのあと、カラーMACとフォトショやイラレに出会ってしまって速いMACを使うなら仕事にするしかないだろうってことで、この業界に入ってしまったのでした。
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by covaemon | 2006-02-02 15:46 | コンピュータ | Trackback | Comments(10)