好奇心旺盛だから、内容は支離滅裂。

by covaemon

カテゴリ:書き物( 36 )

直木賞といえば、東野圭吾氏がついに受賞した。
会見をテレビで見たのだが、ものすごくうれしそうだった。作家さんとかって「おれには賞なんて関係ないわい」なんてのかなと思っていたのだがあんがいそうではないのかもしれない。それだけ直木賞を受賞すると言うことは名誉な事なのかもしれない。
それに、「もうおれを落とせなくなってくやしいだろ」みたいなことを言っていた。なかなかいいコメントだ。それに、東野氏は大阪出身なのである。贔屓にしなければ。もっとも東野氏の作品はまだ読んだ事はない。

さてさて、「理由」だが、なかなか頁が進まなかった。どうもよく理解できなかったのだ。今まで読んだものとはかなり文体が違うようなに感じた。それに、基本的にすべてが過去形に語られている。ちょっと違和感。

そして、こんなことを感じたのはぼくだけだろうとは思うのだが、「宮部さん、もうちょっと登場人物を減らしてよ」って思いながら読み進めていたのだ。あんまりたくさん登場するとぼくの頭ではすべてを記憶できなくなってしまうのである。

この小説も犯人探しや謎解きなどあまり重要ではないと思う。これは「家族」というものが人間にとってどれほど重要かを考えさせてくれる話ではないだろうか。

人間が生まれて最初に体験するコミュニティは家族だ。その家族の環境がその人間の人物形成にどれだけ影響を及ぼすか。その環境にはその土地や、家や家族構成も含まれるだろう。

そして、家族は自分にとって一番大事なのだろうか。そうではないのだろうか。よく男は世帯主になって子供もできて「おれは家族を守る責任がある」なんてよく言うが、その責任というのはどれほどのものなのか。

その責任に耐えられなくなる人もいるのだろう。そのような人は個人があって、家族がある。とは考えないで、家族のなかに自分がいる。家族なしでは自分は成り立たないと考えているのかもしれない。その反対に自分がいなければ家族は成り立たないと、考えなければならないのではないだろうか。

つまり、人間はいろんなものに理由をつけながら生活を送っている。今こうしているのはこれこれこういう理由があってここにいるのだ。ということか。よくわからない。

しかし、この小説は直木賞を受賞した。直木賞の選考基準と言うものをぼくは知らないが、「火車」が受賞できなかったとき「これで獲れなかったらどうすれば獲れるのだ」という意見があったらしい。

「火車」と「理由」を比べてみて(ちょっとおこがましいが)、素直に引き込まれて読むのを止められなくなるのは間違いなく「火車」。文句なしの傑作だ。そしてじっくり内容を吟味していろんなことを考えながら読んでいけるのが「理由」だろうか。

当然、双方ともおもしろい、機会があればもう一度読んでもみたい。
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by covaemon | 2006-03-06 14:27 | 書き物 | Trackback | Comments(4)
「長い長い殺人」をよむ。もちろん、宮部みゆきの作品である。素直におもしろい。
財布が進行役をやっている。今までこんなのに接したことがなかったので、新鮮に感じた。ぼくとしては犬が進行役をやるよりはいいと思った。

でも、純粋な推理小説好きの人には評価は低いようだ。財布がしゃべるおもしろさに惹かれてしまって本来の犯人探しやトリックに入って行きにくいのだろうか。

ぼくはどちらかというと宮部みゆきの小説にはミステリーとしての内容よりも、話の持って行き方や文章表現が好きなので、こういう今までにないもののほうが素直に入っていける。

でもまあ、財布に人格(財布格?)があればおもしろいのである。そして、男性用、女性用として作られたときに性別も備わっているのだからなんともなのだ。

財布という物はあんまり自分で買うということはないものである。ぼくはそうなのだ。貰う方が多い。だから好きなように使える。自分でもし買って、その買った物がかなり高価な物であれば、今現在のぼくの財布のように、現金3000円とTUTAYAとソフマップのポイントカード、そして整骨院の診察券しか入ってないような状態なら悲しくなってくるのだ。(もっともどんな財布であろうとこの状態は悲しいのではあるが)

そして、貰った物だから捨てられない。ぼくはあまりものには執着しないのだが、貰った物を捨てるということはなかなかできないのだ。自分で買った物であれば、カメラやギターなども買ったり売ったりをくりかえしている。

捨てられないのだからかなりの財布が机の引き出しには残っているのだ。もしそいつらが会話をしていればおもしろいだろう。「おれの持ち主はほんとに貧乏だなあ」なんて財布同士で言ってるかもしれない。「でも身軽で動きやすいや」「でも一度ぐらいは財産ってものを預かってみたいねえ」なんて言われていたりして。
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by covaemon | 2006-02-18 13:42 | 書き物 | Trackback | Comments(2)

我は宮部みゆき中毒なり

いやはや、何とも困ったものである。
こんとこずっと、本を読んでいるのだ。それも宮部みゆきばっかり。
完全にはまってしまっている状態なのである。

下の写真を見ていただこう。
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左側の高い山が読み終わったものだ。だいたい2ヶ月ぐらいでこれだけ読んだ事になる。読書家の人から見ればどってことない分量なのであろうが、ぼくにとってはこれは数年分に匹敵するのだ。

それに、これだけ一人の作家ばっかりを続けて読むというのもかなり久しぶりの事なのである。20代の前半に「片岡義男」はまっていたことがあって、本棚に赤い背表紙が並んだ事があった。20代後半には「幻魔大戦」ばっかりを読んでいて、そのときは緑の背表紙でうめ尽くされていた。それ以降、これといった作家をつづけて読むという事はなかったのだ。

で、何をもって中毒かと言うとだ。写真の右側の山はまだ読んでいないもの。上にあるカバーがかかっているのは現在読んでいるものであるが、その下のものはこれから読もうと買ってきているものである。つまり、読む本がなくなるのが耐えられないのだ。一日たりとも空白ができると禁断症状が出てしまう。

まさに、チェーンスモーカーならぬ、「チェーン宮部みゆき」なのだ。アル中に引っ掛けると「みや中」か。ひょっとして病気かも。

何冊か短編集を読んだのだが、長編と違って短編はブリューゲルの絵のような感じだ。ひどい話であってもどこかすくいがある。そんなところがいい感じだ。

長編はというと、短編は話は完結している。しかし、長編は完結していない。それ以降は読者が自由に話を作れる。そんな感じがする。

ま、どちらにしてもこれからも飽きるまで読み続けるのだろうな。飽きるかどうかわからないけど。
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by covaemon | 2006-02-05 23:18 | 書き物 | Trackback | Comments(7)
テレビで5分間の短い番組だけど、東京に「書籍バー」なるものがあるとのことだ。そこには本のメニューなんてのがあって、お酒を飲みながら本もオーダーできるらしい。で、ゆっくりと酒を飲みながらのんびりと本を読んですごすという空間。

でも、酒を飲みながら本を読んでいてその内容を理解できるのであろうか。たまにヨーロッパの映画で夜、酒を飲みながら本を読んでいるシーンを見ることがあるが、そういうことってよくあるのだろうか。

たいてい、そんなシーンのお酒はウイスキー(ブランデー?)が多いようだ。そこに登場するのは男がほとんどなのでそんな酒になるのであろう。テレビでもウイスキーかブランデーのようだった。

ぼくは、残念ながらウイスキーもブランデーも苦手なのでどうしようもないのだが、もし酒を飲みながら本を読もうとしたらやっぱり、ビールのようなグビグビと飲むものはあわないであろう。やっぱりチビチビやる、ウイスキーやブランデーが合うような気がする。

さてさて、じゃ、ワインやシャンパンはどうであろうか。それならぼくも飲めるのだが、やっぱりあわないかもしれない。ひたすら飲んでしまうからだ。

やっぱり酒を飲むときってなにか食べながらになってしまう。本を肴にするなんて高度なことはぼくにはできそうもない。
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by covaemon | 2006-01-16 10:10 | 書き物 | Trackback | Comments(5)

「模倣犯」完読。

やっとのことで、「模倣犯」を完読した。長かった。星野監督風に言えば「ああ、しんどかった」ってとこだろうか。生まれてこれまでこんな長いのを、読んだという記憶がない。「これぐらいで何言うてるねん」と思う人もいるとは思うが、そんなに読書をしないぼくにはたいへんなものだったのだ。
それに、1冊目を読み終えたところでしばらく中断したものだから余計に長く感じてしまった。

最後のほうにちょっとばかり納得できない展開があるのだが、そんなのは個人的なことだし本筋にはほとんど関係ないから何も触れないで置くとしよう。

しかしだ、まだ宮部作品は数冊しか読んではいないのだが、いつも感じるのは「主人公は誰?」ってこと。映画風に言えば「主演は誰?」か。

どの作品もいくつかの話が同時進行しているので昔ながらの主人公なんてことを考えるのは古いのだろうか。そして、その同時進行している話がみんな繋がっていくというのが宮部作品の一番面白いところだとぼくは感じている。

そして、その繋げていく方法というか、手法というか、その場面、展開が最高にすばらしい。中には、「それはないやろう」ってのもないことはない。しかし、「おお、そう来たか」とか「ええ、その手法があったのか」なんて感心や感動させられてしまうことのほうが、多い。

だから、いつも過程(プロセス)が面白い。反対にエンディングは結構あっさりしている。まあサッカーみたいなものかも。サッカーも過程を楽しむスポーツだ。もちろん、素晴らしいゴールはかっこいい。でも、それまで行きつく過程がサッカーの最大の魅力だと思うのだ。ただ、ぼくがもしサッカー選手なら絶対フォワードしかしない。そして野球なら絶対ピッチャー。目立つとこしか嫌なのだ。

さてさて、話がそれたが、そしてこれもいつも思うことなのだが、どうして彼女の書く10代の人たちはあんなに頭がいいのか。自分があまりにも頭が悪すぎたので余計にそう思うのかもしれないが、いくらなんでもあそこまで論理的思考が10代でできるものなのだろうか。それとも最近の10代ってそんなに頭がいいのだろうか。ぼくのどたまではわからない。

次はなにか時代物を読もうかと思っている今日この頃なのである。

最後に「模倣犯」の解説には「それはないやろう」と言っておきたい。全く無意味な内容としか思えなかった。
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by covaemon | 2006-01-12 11:09 | 書き物 | Trackback | Comments(3)
新聞に宮部みゆき「模倣犯」の広告が出ていました。ぼくはあんまり本を読むほうではないし、女性作家のものってほとんど読んだ事がないのです。しかし、なぜか「宮部みゆき」という名前を記憶していたのですね。

で、なぜかなあと思っているとぼくがリンクを張らせてもらっている人の中に「宮部みゆき」の記事を書かれていたり、ライフロブとして載せておられる人を思い出したのです。だから、頭のどこかに覚えていたのですね。

アマゾンのレビューなどを見てみるとなかなか面白そうです。推理ものっていうのも最近はほとんど読んでないので、どうかなと思っていました。

「模倣犯」は長いお話ですね。いきなり長編に挑むのはちょっと自信がなかったのですが、とりあえずなにか読んでみようと思ったのです。そんな時に強い見方になるのが、「ブックオフ」。行って来ました。何冊か並んでいた中の「火車」を買って見ました。何かの賞を獲っているのですね。

基本的にブックオフは古本屋なんですが、買った物はどう見ても新品。新潮文庫なので、しおりがわりに、茶色い紐がついてるのですが、これが、下に出てなくて、中で丸まっている。本屋さんが、廃業したか、倒産したかで出てきたものでしょうね。値段は400円でした。

読み出してみると、素直に読めてしまう。つまり読みやすい。読みやすいと言うと誤解を招きそうですが、文章のテンポがいいと言うか、リズムがあるというか、どんどんページが進むのですね。

これは、ぼくの理解力のせいのでしょうけど、会話のところで誰がしゃべっているのかわからなくなることがあるのです。特に翻訳物などはそうなんですが、この作品では登場人物のキャラクター付けがしっかりできているのでそのようなことは起こりませんでした。

内容は、充分楽しめました。だから寝不足なんです。いくつか疑問に思うところもありましたが、ぼくみたいな者にでも一気に読ませてしまうのだから面白かったですね。

最後のほうは、ページがなくなって来るのに、エンディングに向かう気配がない。
どういう結末をつけるのかと思っていたら、うーん、そう来たか。って感じですね。

最後の10ページぐらいは、早く左のほうへ目を持って行きたいのですが、それをぐっと我慢するために、左ページは手で覆いながら読んでました。

さてさて、やっぱり次は「模倣犯」かな。今日の帰りは書店に直行か。
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by covaemon | 2005-12-16 11:10 | 書き物 | Trackback | Comments(4)