好奇心旺盛だから、内容は支離滅裂。

by covaemon

昔のF1はおもしろい。

今年のレギュラーシーズンはもう終わってしまったけど、現在フジTVのスカパーのほうでは、昔のF1を放送している。

先週の土曜日は85年のサンマリノグランプリ。その前の週は同じく85年のポルトガルグランプリだった。

ポルトガルはものすごい雨でこの前の日本グランプリを思い出させるような天候。そのレースをアイルトン・セナが初のポール・トウ・ウイン。

前年のモナコグランプリで「雨のセナ」のイメージは作られたけど、このポルトガルではそれはもはや伝説になってしまったのだった。

サンマリノでは雨は上がったけど、まだコースのところどころに濡れた場所が残っている微妙なコンディション。

それに、この時代はターボ全盛。予選では1000馬力にもなるかという、1.5リッターのエンジンからのパワーは今のようなトラクションコントロールは存在していないので、全くドライでもちょっとのミスでスピンしてしまう。

そんななか、ポールからスタートしたセナは簡単に2位以下にタイム差をつけてしまう。一時、マクラーレンのプロストに突っつかれたときもあったけど、全く1位を譲ることはなかった。

さて、この当時、セナはロータスに乗っていた。エンジンはルノーターボ。このエンジン、速いことは速いのだが燃費が悪いことで有名であった。だから、予選ではダントツの速さを見せつけてもレースではセーブして走らなければいけないなんてこともあったようだ。

ちなみに、マクラーレンはポルシェ、ウイリアムズにはホンダのエンジンが搭載されていた。まだ、ホンダは最強にはなってなくて、この85年の後半から勝ちまくるようになる。

で、燃費の話なのだが、この当時はレース途中での給油は認められていなかった。車の燃料タンクは220リッター。それで300キロほどのレースを走りきる。
解説の小倉氏によると、この当時と現在の燃費はほとんど変わっていないということであった。ということは、ターボ時代の後半は150リッターの燃料タンクに規制されたので、今から考えると驚異的な燃費であったと言えるだろう。もちろん、加給圧も下げられていたけど、あのまま、ターボに時代が続いていれば、現在のターボ技術はもっとするんでいるのではなかっただろうか。

さて、イタリアで行われているサンマリノグランンプリ。もちろん、イタリア人とフェラーリのためのレースなのだ。
この年、前のレースからフェラーリに乗ることになった、ステファン・ヨハンソン。レース後半から驚異的な追い上げでプロストも抜いて2位にまであがってきた。

そして、セナのルノーエンジンがガス欠でストップしてしまったことで、ついにヨハンソンはトップに。
しかし、なんとそのヨハンソンもガス欠。この時代。レースの終盤ではガス欠でストップする車がいっぱいであった。

そんな中、やっぱりというべきか、ペースを落として走っていたプロストの優勝。ただ、レース後の車検で重量規定違反で失格になってしまったというオチがついてはいたが。

さて、このレースでセナがレース終盤、少しでもペースを落としていれば優勝できたかもしれないと誰もが考える。
じゃ、セナ本人は考えなかったのだろうか。この当時、無線はあったけど、テレメトリーシステムはまだ登場していなかった。だから、車の状態をすべてピットで把握することは出来ていなかった。

しかし、プロストや、王者ニキ・ラウダは確実にペースを落として最後まで走ることを考えていた。プロストはよく言っていた、「1ミリでも2位の車より前でチェッカーを受ければいいんだ」。
セナにもしそのような考えがあったなら、ロータス時代でもチャンピオンをとれたかもしれない。ひょっとしてこの当時のセナはマンセル以上に頭を使っていなかったのかもしれない。

ちなみに、この時代のロータスは真っ黒のボディにJPSのロゴがほんとにかっこ良かった。F1の歴史の中でもかっこよさではかなりの上位に行くマシンであろう。ホンダが搭載された当時はキャメルカラーのイエローになってしまっていたけど、ぼくも含めてJPSカラーだったらなあと思っていた人は多かったに違いない。

来年のF1が始まるまで、85年と86年のレースのいくつかを放送するらしい。それも、ノーカットでCMなしというもう感涙ものなのだ。なにがなんでもDVDに保存をしなければならない。はっきり言って今のF1よりずっと面白いのだ。
やっぱり個性的なドライバーが多い時代のレースは見ていて全く飽きない。

さてさて、フェラーリのヨハンソンだが、彼は実は日本でF2を走っていたことがある。ぼくは、鈴鹿のレースウイークの土曜日にサーキットに行ってF3のレースを見たことがあるのだが、その時代はほとんど観客なんていなかったから、グランドスタンドも自由に入れた。

F3のレースを見終わって(その当時、鈴木亜久里が走っていたよ)帰る準備をしていると、女性の大きな声が聞こえた。なんと、ヨハンソンが地下道を通ってグランドスタンドにあがってきた。
はっきりいって、むちゃくちゃかっこよかった。正直、俺も負けたと思った。
女性から声をかけられてにこって笑ったときなどほんとにかっこいいとしか言えないのだ。そのときは、レーシングスーツは着ていなかったけど、いい男はどんなかっこをしてもかっこいいものだと思ったものだ。しかし、日本で走っていたドライバーがフェラーリに乗れるなんてすごいとも思ったものだ。

もっとも、それ以降、アーバインもフェラーリに乗ったし、ラルフ・シューマッハは何度か表彰台にもあがったし、もちろん、日本人初のF1ドライバー中島悟はその当時日本ではダントツに速かった。そして、来年はその息子がウイリアムズのドライバーとして採用された。

やっぱりあとは日本人ドライバーが優勝してくれることを願うだけなのだが。これがもうなんというか、かなり難しい状態だろう。2輪GPのような突然変異の男達が出てくることを願うしかないか。
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by covaemon | 2007-11-12 13:57 | スポーツ | Trackback | Comments(0)
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