好奇心旺盛だから、内容は支離滅裂。

by covaemon

ここ行ってみたい。

原寸大の世界名画を見に「大塚国際美術館」へ | Excite エキサイト

前々から行ってみたいなあと思っていたところなのです。
便利になったとはいえ、大阪からでも往復を考えるとかなり大変。
時間よりも、費用の方が大変かも。
体力もいるか。若いときなら車で日帰りなんてことも出来たでしょうけど、今ではどうでしょう。

しかし、本物と原寸大のものが見れるのだし、それに、空間まで再現されている。
「ゲルニカ」や「最後の晩餐」はやっぱり見てみたい。

でもね、ここで見て、本物をどうしても見たくなってしまったらどうしようってことも考えられますよね。
もっと、近くにあればいいのに。
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by covaemon | 2006-06-21 09:33 | アート | Trackback | Comments(6)
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Commented by kazemachi-maigo at 2006-06-21 10:23
名画の陶板焼き(こういうとなんか食べ物みたいな気がするのは私だけだろうか?)は、確か京都にもありますよね。
そこにも一応原寸大の何か(としか憶えてない)があったような気がします。

しかし、しかし、これはあくまでも陶板です。
描いたものではなく焼いたものでして、その味わいには当然ながら著しい差があるのです。
これらはむしろ、絵画に興味がある人より陶器が好きな人向けではないかと思うのは、私だけかもしれませんが・・・。

でね、本物の宗教画が美術館にあることすら、私としては不本意でして・・・まあ保存管理の問題などあるのは承知のうえで、やはり教会にあってこそ、だと思うのです。
「ゲルニカ」もまた、かつての悲惨な内戦の地にあってこそ・・・なんてのは、私ひとりの思い込みです、すんません。
Commented by covaemon at 2006-06-21 13:07
kazemachi-maigoさん。
はあ、京都ですか。ぼくは全然知らないです。
でも、それじゃ、美術館や博物館の存在自体を否定してしまうことになるのではないでしょうか。
それに、宗教画なんて、その当時の教会が勝手にこんな絵を描かせようとして、画家に発注したのだし、それで、信者を洗脳しようとしたのだから、教会にあるほうがよっぽど気持ち悪いんではないでしょうか。
「ゲルニカ」そうでしょうか?どこにあっても、そのものが持ってるものに威力があるのなら、伝わってくるはずです。映像しかり、写真しかり。だから、ほんとは「ゲルニカ」のようなものが、全ての人に見てもらわなければいけないものでしょう。

思い込みはみんなあるのです。だから面白いんです。今ぼくが書いたことも自分だけの思い込みです。だからどんどん好きな事を書いて下さい。
Commented by kazemachi-maigo at 2006-06-21 14:18
またまた、思い込み続編です(笑)。
静物画や風景画は美術館で見ても差はないと思うんです。
が、宗教画に関しては、私はまったくの美術品としてとらえることができないんです。
背後に教会や信仰の存在を感じずに見ることは、もったいないとさえ思います。ま、それが仰るように洗脳のような打算にまみれた手段だとしてもです。

名作は、確かに何の知識もない心にストレートに飛び込んでくるものですが、そこに歴史や文化などを取り込むことによって、また別の見方、奥行きのある見方ができるのではないか・・・もったいないというのはそういう意味です。
仏像を、美術品として見るか、信仰の対象として見るか、これは私の卒論のテーマで教授と散々論争したことなのですが、実際に彫った職人は「仏師」であり、深い信仰に裏打ちされてこその技術であったことを考えると、「モノ」としてだけ見るのは、やはりもったいないと思ってしまいます。
失礼しました。ごめんしてね。
Commented by covaemon at 2006-06-21 17:03
kazemachi-maigoさん。
「もったいない」と仰るのは、ただ、見るよりも、その背景とか、歴史とかも知識にいれたほうがいいってことですよね?
なんだかうまく書けないのですが、いろんなことを知った上で見たほうが、よりおもしろいってところでしょうか。
でも、なんでもそこまで知識をいれなければいけないのであれは、研究者になってしまいますよ。ま、どこまでで手をうつかでしょうけどね。その線引きが人によって違ってくるってとこでしょうね。

美術品って言葉はなんだかお金を儲けるものってイメージがあってあんまり好きじゃないのです。だから、彫刻とか、絵画とかって言葉を使うんです。ちょっと偏見かも。だから仏像を美術品とは見ていないというのはそういう意味も含んでいるのです。
Commented by douzou at 2006-06-21 19:01 x
こんばんは!何か、いま帰宅しましたんですけど、途中で考えていたのですが、うら若い娘が余計な事を書き込むと、ご迷惑かも知れませんが、遊びに来ました。。。私、20才の時に高尾山にハイキングに行って、頂上(だった様な。。)のお堂で、不動明王の仏像を見た時のことです。。
低い位置に安置されているのを、更によく見ようと、上からのぞき込んだら、いけないって、先達に教えられたんです。仏だからでした。。。物を見る見方ではいけないのだったのか、って。身近に安置されていても、あなどってはいけないのか、と知った訳でして。。。。作品、つまり彫刻と見るか仏と見るか、その言葉とともに憶えていた事の一つですが。。。。。
ああ、あれは素敵な晴れた秋の高尾山でした。。。昔昔のことですが。。
Commented by covaemon at 2006-06-22 10:17
douzouさん。
はじめまして。
やっぱり、美術館や博物館で見るのと、実際の寺やお堂で見るのとは違うのかもしれないですね。たしかに、仏像は上から見るのではなく、下から見上げるように見るように造られてます。でも、信仰されている人ならともかく、そうじゃなければあんまり気にすることはないと思いますよ。
そこにあったということを、記憶にとどめておくことが一番いいことではないでしょうか。