好奇心旺盛だから、内容は支離滅裂。

by covaemon

どうしても納得できないのである。

このごろ、戸塚ヨットスクールの校長である人の顔をテレビでよく見る。
刑期を終えて出所して来たようだ。

戸塚ヨットスクールって
まだやってたの?と
そんなところに子供をあずける親がまだいるのか。
とも思った。

そして、なぜに、こんなにテレビに出ているのか。出るほうも出るほうだが、出すほうも出すほうだと思う。(見ているほうも見ているほうであるが)
相変わらず、「体罰は教育である」と言っている。
その言葉自体はぼくぐらいの年齢のものであれば、理解できないでもない。

しかし、人が死んでしまうような行いが体罰なのだろうか。
体罰と暴力は違う。

この校長は「私は教育者だ」と言っている。だいたい、「オレは芸術家だ」とまじめに言っているやつにほんとの芸術家がいないのと同じように、教育者だと言っているものがほんとの教育者だとは到底思えない。

ぼくが、高校生ぐらいになってから、「体罰は絶対禁止」と世間で言われるようになってきた。
この体罰ってなんなんであろうか。

体罰と暴力は違うと書いたが、確かに、親や教師に殴られたことはある。
しかし、殴られるときは殴られるようなことをしたときなのだ。
そして、殴られるようなことをしている時というのは楽しかったときなのだ。
だから、その楽しかったときをすごしているとき友達同士で「こんなことやってたら殴られるやんなあ」なんて言っていた。

しかし、みつからなければめっけもんなのである。で、見つかって殴られても1発か2発だ。それだけで終わってしまう。殴る方だって「ばれんようにやらんかい」って顔の表情jには出ているのだ。だから、ばれないように、次はどうすればいいかを考えたりするのである。

しかし、殴る事は絶対に禁止となってきた。しかし、なんらかの方法で罰を与えなければいけない。だから、グランド10周とか、正座1時間とかとをやらされるようになってきた。でお、それも「体罰」ってことで、できなくなってきたのだ。

ぼくは、殴られたことは体罰とは思わなかった。殴る事は殴る事なのだ。

話はかなり支離滅裂だけど、よくテレビに出ているこの校長は「刑期を終えて出所」してきたのだから、もう罰は受けたのだということだ。
たしかにそうであろう。
でも、人を死なせてしまったということについては、一生心にとどめておかなければならないとも言っているが、そこのところが、ほとんど棒読みのようでなんだかうそ臭く聞こえてくるのだ。

そして、今の教育制度ではろくなやつが出来ないから小学校をやりたいなんて言っている。もうこの人の頭の構造はまったくもって理解できない。

そんなに自分の信じる教育をやりたいのであればいっそのことどこかの無人島でも買い取って「戸塚共和国」でも作ってそこで理想的な子供を教育すればいいのではないだろうか。
この日本では教育というものにはたずさわってほしくない。
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by covaemon | 2006-05-22 09:38 | ひとりごと | Trackback | Comments(2)
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Commented by kazemachi-maigo at 2006-05-22 13:03
私も、驚きました。
「この人、まだいたんだねぇ~」
「ヨットスクール、まだあったんだねぇ~」
が、我が家で交わされた会話です。

刑期を終えたのはいいけれど、やはりマスコミに登場すべきでないと思うし、ましてやとうとうと教育論なんぞ、述べるべきじゃない。
暴力にせよ、体罰にせよ、あとからこれは教育的に効果があったと「受けた側」が感じるものであって、先に教育的云々と理屈を持ち出して「やった側」が評価すべきでない、と思います。
やられたほうが「あんときゃ痛かったけど、あれはオレのこと思うあまりついやってしもうたことやったんやなぁ・・・」と思ってもらえるのが正しい殴り方?で、「先生はお前のために殴るんだ、だからこれは教育なのだ」と愛情の前に理屈が来るようじゃいけないのです。

事実、この子は更正した、なんて親が出ていましたが、なんと恥ずかしい。
ひとさまに暴力でしつけてもらったことを自慢しに出てくる親の厚顔無恥なこと!
後味の悪いニュースでありました。
Commented by covaemon at 2006-05-22 15:17
kazemachi-maigoさん
結局はこういう人たちはずうずうしいというか、恥も外聞もないと言うか、鈍感なんでありましょうな。
まあ、正しい殴り方があるかどうかはぼくもなんとも言えないですが、ぼくを殴っていた人たちは、それは怖い人達でした。でもね、そういう人達はもしぼくになにかあったときには、絶対的に守ってくれる人だと感じていたんです。だから、殴られても嫌じゃなかったんでしょうね。
ろくでもない親が自分の子供がほんとに更正したかどうかどうやって判断したんでしょうね。

うろぼろす堂さん。
あっしには、そんな難しい事はよくわからないんですけどね。
とにかく、恐怖政治みたいなものなんでしょうねえ。
なるほど、ヒューザーの社長ですか、ぼくはね、東横インの社長となんかイメージダブるなあと思っていたのです。もっとも、戸塚は借りてきた猫みたいにはないでしょうけどね。
そうなんですよね。「支援する会」の会長は石原慎太郎なんですよね。なんだかぼくの嫌いな人たちってのはつるむ傾向にあるようです。
でも、そんなサイトを見てるなんて結構、暇なんですかあ。プリントしないといけないんでは。(って大きなお世話って。ああそうですよね)