好奇心旺盛だから、内容は支離滅裂。

by covaemon

あれから一年か。

JR西日本の列車事故から今日で一年。
ぼくの職場にはラジオもテレビもないので、ニュースはネットで見るしかない。
最初は文字だけで、「事故だ」って情報だけ。それから、けが人が出たとか、脱線したとか、死者がいるとか、様々は情報が流れてきた。

写真が掲載されたとき、やっぱりぞっとした。その時はまだ、マンションの中に入り込んでいることまでは知らなかったが、折れ曲がった列車に恐怖を感じた。

帰宅する時間の頃には、もう誰もが知っている事故になっていた。ぼくは、毎日JR環状線を使って通勤している。事故のあった線は使ってはいないのだが、線路は全て繋がっているのだ。帰りの電車の中ではなんだか、みんな暗い雰囲気だった。誰もが電車には乗りたくなかったという心境だったのだろう。

あれ以来、JRの体質や対応の仕方、マスコミの報道の仕方などもう、ハチャメチャな感じで被害者のことは何にも考えてないような雰囲気だった。

JRは事故を起こしてはならないということは、あたりまえのように思っているだろうが、事故の後、JRのとった方法は、「事故を起こさないために、ダイヤを絶対に守る」ということだった。

時間通りに運行するためには、それまで以上に客を客と思わなくなった。実際満員電車であるにもかかわらず、車内アナウンスで「降りる方はすみやかに空いたドアから降りて下さい」などとのたまうのだ。なにがすみやかにだ。

JRなんかに乗りたくないのだ。しかし、乗らざるを得ない。昔、事故や事件を起こした企業、雪印やイカリソース、三菱自動車などはすべてもはや存在価値はない。

誰もその会社の商品を買おうとしないからだ。しかし、公共交通機関であるJRに乗らないわけにはいかない。JRも客は減らないと思っているからあんなことができるのだろう。

ぼくの住んでいるところから神戸方面へ行くのには、事故のあったあの路線を使うのが一番便利で料金も安い。だから何度か事故後も乗った事がある。あの現場はほんとに不自然なカーブを描いている。曲がり始めがなんだか不気味な曲線なのだ。

直線区間も多い。ものすごいスピードを出す。怖い。もちろん、新幹線ほども出すはずもないのだが、この路線でスピードのせいで事故が起こったのだと理解しているので怖いというのは素直な印象だ。

今は、出来るだけあの路線は乗らないようにしている。阪急か阪神でも同じ場所に行けるからだ。もっとも、列車自体のスピードはかなり違う。阪急は跳ばすときは跳ばすが、それもほんの少しの時間だけだ。それに比べて阪神はのんびりしたものだ。駅と駅の間隔が短いせいもあるのだろうが、遅い。でもあれなら事故は起こらないかも。それにすいている。野球の時だけ、人が多い。

もうあんな悲惨な事故を見るのは嫌だ。二度と起こってほしくない。でも、今のようなJRの体制と体質ならまた起こるような気がする。だからあんまり乗りたくない。
[PR]
by covaemon | 2006-04-25 10:44 | ひとりごと | Trackback | Comments(4)
トラックバックURL : http://caffein.exblog.jp/tb/4478924
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
※このブログはトラックバック承認制を適用しています。 ブログの持ち主が承認するまでトラックバックは表示されません。
Commented by covaemon at 2006-04-26 09:46
うろぼろす堂さん。
この前神戸行った時に通りましたね。なんだか不気味でした。
今の職場がJRでしか行けないというのがなんとも腹立たしいです。
Commented by covaemon at 2006-04-26 13:06
うろぼろす堂さん。
そうですねえ、地下鉄で行けないことはないのですが、今より早く家を出ないといけないし、歩く距離が長くなるのでね。それに、やっぱり地下鉄だと谷町線になるので、「京橋で一杯」ってのがやりにくくなるわけで・・・
Commented by kazemachi-maigo at 2006-04-26 13:43
国鉄の時代は、親方日の丸と言われ、そのサービスやマナーの悪さが取り上げられたものですが、JRになったら、今度は収益第一の面ばかり強調され、結局サービスどころか、その安全性まで問われる始末。
乗客に対する改善は何一つ行なわれていなかったということですね。
鉄道ファンの私は、本当に鉄路を愛し、地道に誠実に職務に携わる鉄道員を知っているだけにとても残念です。
こういうことは、個人というより組織のレベルとモラルの低さなんですが、これは、個人を変えることよりずっと難しい作業です。
組織の体質というものは、たとえお偉いさんのお身内がそういう事故に遭われたとしても、やはり一朝一夕には変わらないだろうと思います。
怖いのは、起こってしまった事故そのものと、そういう体質が引き起こす可能性がある次の事故です。

日本人は、とかく「知り合いが事故に遭わなくて良かった」という発想になりがちです。
海外の事故で、「日本人は含まれておりません」といちいち報道することの残酷さを、私たちは今一度考え直さねばならないと思います。
この事故の恐怖感が残っているうちに。

しかし、お偉いさんは、考えないんでしょうね~。
Commented by covaemon at 2006-04-26 16:17
kazemachi-maigoさん。
JRは一時関西の鉄道の中では一番駅員の客に対する姿勢はよかったのです。それが、少し前から駅員の数も減ったし言葉遣いも変になったしで、おかしいなあと思って時にあんな事故が起こったのです。
鉄道会社でも航空会社でも安全は目に見えないからそこへかけていたお金の額を減らしても普通の客は気がつかない。だからちょっとしたことが極めて大きな最悪の事故になってしまうんでしょうね。
ただ、事故は起こるものと認識していなければいけない時代でしょうね。