好奇心旺盛だから、内容は支離滅裂。

by covaemon

活字離れ。

ある新聞に活字離れが止まらないと書かれていた。
けど、あるところのアンケートで中高生が本が好きと答えた人の数が増えているらしい。
いったいどっちやねん。

新聞でいう活字離れというのは本を読むということに対してのことだろう。
ただたんに活字ってことだけを言えば、離れてなんていないだろう。
どれだけ、メールや、ブログや、ミクシで活字を使っていることか、絵文字だけって人もいるかも知れないが。

さて、「本」とはなんぞや。
自分自身では「本」とは本屋さんで売ってるものが本。
つまり物体。中身は関係ない。本というもの。

しかし、中身を「本」だと言う人もいるようだ。
それが、中高生じゃなかろうか。だから、ケータイ小説も「本」。いやもちろん物体としての「本」が好きな人はいっぱいいるはず。もちろんぼくも本は好きだ。

だから、中身を「書物」という言葉にするとわかりやすいかもと思う。
以前に、iPhoneで青空文庫を読んでいると書いたが、最近は物体としての「本」をほとんど買っていない。
宮部さんも新刊が出ないし、桐野さんはちょっと気分的に重いし。

なんといっても青空文庫はただ。これはポイント高い。それに古典にいそしむということができる。
作者のリストを見るとその昔、教科書にのっていたような人の名前がずらり。
その時はほとんど読もうなんて思わなかった。読むのは読書感想文を書けと言われた時に嫌々読んでいただけ。自分から進んで物体としての「本」はほとんど読んだことはなかった。

だから、自分自身では、青空文庫のものは「書物」、または「小説」、「随筆」などと思っている。「本」とは思っていない。

年配の偉そうな大人達は「今の若い奴らは本を読まない」とよく言う。
確かにそうだろう。いくら本を読んでもそういう事しか言えないような大人にしかなれないのであれば、読んでも無駄であると思ってしまう。

本を読んだから賢くなるとは絶対に限らない。ただ、想像力がつくかもしれない。これも読み方にもよるし、読んだ本にもよるかもしれない。

今、太宰がブームらしい。有名な作品が文庫になって出ている。カバーのデザインが新しくなって売れ出したらしい。これもありだろう。ぼくもタイトルだけで全く知らない作者の作品を読んだこともある。

ぼくは太宰の本を買ったことはない。でも最近は青空文庫で読むようになった。ただだから。
で、読んでみた感想は、読みやすいのである。旧仮名使いをしているところもあるけど、なぜか読みやすい。それが不思議だ。

ちょっと前の小説は小難しいことばっかり書いてあるのかと思っていたけどそうでもなかった。「斜陽」や「人間失格」なんてわかりやすい。それにあれぐらいで「人間失格」なら今の人間は全て失格を通り越しているかもだ。

ということで、一概に活字離れなんて一言で言い切ってしまうような新聞は、なにも世の中を見ていないのではないかと思うのである。
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by covaemon | 2009-11-02 16:08 | ひとりごと | Trackback | Comments(0)
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