好奇心旺盛だから、内容は支離滅裂。

by covaemon

制度のほうが大事?

毒入りカレー事件の最高裁の判決。
予想通り死刑であった。

これについて、もし裁判員制度で裁判が行われておればどういう判断をくだしたか。メディアではうるさく報道されている。

たしかに、人を死刑にするかどうかを判断するのは難しいであろう。それに今回のように完璧に被告が犯人と決め付けられるような証拠がない。状況証拠ばかりである。

検察はあの被告でしか犯人はありえないという状況を確認していったらしい。
でもそれは、被告人の近所の人たちの聞き込みや、家にあったヒ素とカレーに混入されていたヒ素が同じ成分であったという事だけである。

ここで考えなければいけないことは、あの事件ではあの被告人があきらかに犯人であるかのように様々なメディアでは報道されてきた。またワイドショーも連日のように家の前に押しかけて中継していた。あれでは誰が見てもあの被告人が犯人であると思ってしまう。

まして、家族や知人を毒入りカレーで失った人達はあの被告人を犯人として死刑にして欲しくて検察の調査に協力したことであろう。心情はよく理解できるし、それは当然のことであるかもしれない。

しかしもし、その人たちに被告人の弁護士が尋ねていけばどういう扱いになったか、当然犯人の弁護をするのかってことになるであろう。それもよくわかる。

問題は警察や検察が完璧な証拠を見つけられなかったことだ。そして、もしあの被告人が犯人でなかったら、今でも犯人はどこかに潜んでいることになる。

もし、ぼくがこの裁判の裁判員であったとしたら、死刑の判断をすることはできなかったであろう。

そして、昨日からの報道を見ていると、このような状況証拠ばかりの裁判で裁判員が死刑の判断ができるのかなんてことばっかり言われている。なんかおかしいような気がする。

状況証拠しか提出できなかった検察を批判する事はできないのか。疑問だ。検察を批判してはいけないのか。人の命を奪うことになるのだなんか変な気がする。

だが、もしこの被告人が自白して自分がやったってことであれば、ばくはなんのためらいもなく、死刑を選択する。仮に求刑が無期懲役なんてことであっても死刑にする。
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by covaemon | 2009-04-22 11:07 | ひとりごと | Trackback | Comments(1)
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Commented by covaemon at 2009-04-22 14:27
決定的な証拠を突きつけて「だから犯人はお前だと証明できる」ってのと、膨大な状況証拠を提出して「だから犯人はあなたであるとしか思えない」ということであれば、どっちが説得力があるでしょうか。

弁護側は証拠も捏造されていると言ってるようです。
松本サリンの時は最初の犯人とされた人の報道を見たときからなんか変でしょって思いましたね。

ただ、この毒入りカレーは、限りなくこの被告人が犯人であるように思ってしまいます。おっしゃるように、本物の悪であるから、一切の自白をしないってことも考えられます。

捜査しても、捜査してもこの人が犯人であるという確実な証拠が出てこなければ、もしかすれば他に真犯人がいるのかもしれない。

>もしこれが裁判員制度下で行われ、しかも死刑を支持しなかったら、世論を敵に回すことになるでしょうね。

たしかにそうでしょうね。でも、世論の意見なんてどうとも思ってないうろぼろす堂さんは敵に回したいほうじゃないんですか。